

オーダースーツを仕立てると、袖口のボタンを実際に開け閉めできる「本切羽」という仕様があります。
せっかくの本切羽なら、ひとつくらいボタンを外して見せたくなる。
しかし、英国紳士の考え方は少し違います。
英国では、本開きの袖口であってもボタンをあえて外して見せることを「わざとらしくて気障」と捉え、常にボタンを留めておくことが紳士の嗜みだとする考え方があります。
開けられることは知っている。それでも、閉じておく。袖口ひとつにも、大人の装いに通じる美意識が表れます。
本切羽とは、ジャケットの袖口に実際の切り込みとボタンホールがあり、袖ボタンを開け閉めできる仕様のことです。資料によっては、職人用語・正式な呼称として「本開き」とされています。
これに対して「開き見せ」は、本開きのように見せながら、実際には袖口が開かない仕様です。

資料には、イギリス人は本開きの袖口であってもまずボタンを外さず、それを「わざとらしくて気障」と考える、と記されています。
さらに、本開きであるにもかかわらず常にボタンを留めておくことが、紳士たる者の嗜みであるとも述べられています。
美しさという観点からの説明もあります。ボタンとボタンホールは、閉じている状態がもっとも美しく見える。だから、すべての切羽を閉じておくことがもっとも上級な方法だとされています。
大切なのは、開けられるという機能そのものを否定しているわけではないことです。
開けられる。必要なときには使える。ただ、それを普段から見せる必要はない。
本開きの袖口であっても常にボタンを留めているのなら、表面だけでその人を判断するのは容易ではありません。仕立ての価値を、袖口でことさらに主張する必要はないのでしょう。
本切羽には、実用的な意味があったとする資料があります。
手を洗うときや作業をするとき、袖が濡れたり汚れたりしないよう、ボタンを外して袖をたくし上げる。そのための機能として説明されています。
普段は閉じている。しかし、必要になれば開けられる。
本切羽は、見た目だけではなく、必要な場面で機能する袖口でもあります。
もっとも、袖口の扱い方はひとつではありません。
資料では、フランスの洒落者には片方の袖口のボタンを一つか二つ外す人がいるとされ、イタリアでは袖ボタンを外して遊ぶ着こなしが紹介されています。
ただし、イタリア的な遊びについても、凝りすぎれば下品につながるという注意があります。
英国では閉じておくことに美意識を見いだし、別の文化では外し方に遊びを見いだす。正解がひとつなのではなく、袖口にもそれぞれの「洒落」の考え方があります。

本切羽は、英国の伝統的なビスポークに関係する代表的なディテールとして紹介されています。かつて注文服を象徴する仕様として扱われていた資料もあります。
しかし、現代では既製服にも本切羽が採用されています。
本切羽であることだけで、スーツの高級さや仕立ての良し悪しを判断することはできません。
本切羽ではないスーツが劣るわけでもありません。
袖口は、仕立てを構成するひとつのディテールです。全部ではありません。

本物であることと、本物であることを見せつけることは違います。
開けられるという余裕を持ちながら、あえて閉じておく。
分かる人には分かる。分からない人に、無理に分からせる必要もない。
装いの品格は、ときに足し算よりも引き算に表れます。
DEFFERTでも、袖口の仕様は単に「高級そうに見えるか」ではなく、その一着をどう着たいかという視点で考えます。
閉じた袖口は、何も語らない。それで足りる一着があります。