

朝、鏡の前でネクタイを締める。
結び目を指で押し上げ、襟を整える。
その短い時間に整えているのは、スーツ姿のなかでも、とりわけ目に入りやすい場所です。
スーツのVゾーンとは、ジャケット、シャツ、ネクタイがつくる胸元のV字部分です。
顔のすぐ下にあり、対面したときに目に入りやすいため、スーツ姿全体の印象を左右する重要な場所として扱われています。
このVゾーンを「スーツスタイルの『顔』」、あるいは「もうひとつの顔」と表現されることもあります。

上着を羽織ると、前の開いた胸元にV字ができます。
外側をつくるのはジャケットのラペル。その内側にシャツの襟があり、中心をネクタイが通る。
この、ジャケット・シャツ・ネクタイが重なる胸元がVゾーンです。
資料の中には、シャツの第1ボタンを留めたときに首元にできる部分を「小さなVゾーン」、上着を着たときにできる胸元全体を「大きなVゾーン」として分けて考えるものもあります。
小さな範囲ですが、そこには襟元の収まり、ネクタイの結び目、色、柄、幅といった多くの要素が集まります。
一つ目の理由は、その位置です。
Vゾーンは顔のすぐ下にあります。人と向き合ったとき、顔とともに胸元も自然と視界に入ります。
『結果を出す男はなぜ「服」にこだわるのか』では、シャツとネクタイがのぞく胸元を、スーツスタイルの「顔」と表現しています。
二つ目は、ジャケット、シャツ、ネクタイという三つの要素が、一つの場所に同時に現れることです。
色の選び方。柄の組み合わせ。襟の形。ネクタイの幅。結び目の大きさ。
一つひとつは小さな違いでも、それらが集まることで胸元全体の印象がつくられます。
毎日画面に映るニュースキャスターを例に、Vゾーンを「もうひとつの顔」と表現し、そこにセンスや人となりまで表れるという見方も楽しみの一つ。
顔のそばにあり、装いに対する判断が集まる場所。
Vゾーンが「顔」と表現されるのは、そうした理由からです。
服飾資料では、ジャケットのラペル幅、シャツの襟幅、ネクタイの大剣幅を近づけると、胸元が安定して見えるとされています。
厳密に数値を合わせるという意味ではありません。
太いラペルに極端に細いネクタイを合わせたり、細いラペルに極端に幅広いネクタイを合わせたりするより、それぞれの幅にある程度のつながりを持たせる。
その方が、Vゾーン全体の調和をつくりやすくなります。
色合わせにも、いくつかの考え方があります。
たとえば、同系色で濃淡をつけるトーン・オン・トーン。
ネイビーのスーツ、サックスブルーのシャツ、紺のネクタイというように、近い色をつなげていく方法です。
また、スーツやシャツの柄に使われている一色をネクタイで拾うカラー・リンクスという考え方もあります。
青と茶を組み合わせるアズーロ・エ・マローネも、資料に登場する配色の一つです。
大切なのは、色を増やせば洒落て見えるわけではないこと。
色数やトーンを抑えながら、胸元の中で色同士につながりを持たせる。それだけでも、Vゾーンは整って見えます。

ストライプのシャツに、柄のあるネクタイ。
柄と柄を合わせること自体を避ける必要はありません。
ポイントは、柄の間隔や大きさをずらすことです。
資料には「色は合わせても柄はバラす」という表現があります。
細いストライプのシャツであれば、少し大きな柄のネクタイを合わせる。
似た間隔の柄を重ねるより、柄同士に強弱をつけた方が、胸元を整理しやすくなります。
Vゾーンの印象を左右するのは、ネクタイそのものだけではありません。
シャツの第1ボタンがきちんと留まっているか。
ネクタイの結び目が襟元まで収まっているか。
結び目の下にディンプルが入り、胸元に立体感が生まれているか。
ネクタイの大剣が長すぎたり短すぎたりせず、資料で一つの目安とされるベルトのバックル中央付近に収まっているか。
どれも小さなことです。
しかし、小さな部分だからこそ、整っているかどうかが見えます。
何を身につけるか以上に、どう整えているか。
大人の装いには、その違いが表れます。
Vゾーンは、顔のすぐ下で、ジャケットとシャツとネクタイの判断が一度に見える場所です。
派手な色や大胆な柄を使うことが、そのまま洒落ていることではありません。
控えめでも、幅、色、柄、襟元、結び目が自然につながっていれば、胸元には静かな品格が生まれます。
目立つことより、整っていること。
華やかさより、調和。
ビジネスの装いは、自分だけのためではなく、向き合う相手のためでもある。
そう考えれば、Vゾーンを整えることも、自分を飾るためだけではありません。
相手への配慮の一つになります。
スーツは、ジャケットだけで完成するものではありません。
シャツの襟、ネクタイの幅や色まで含めて胸元全体を考えることで、装いは一つにつながります。
整えた胸元は、名乗る前から、その人の美意識を静かに伝えています。
