

シャツの襟を立てる。鏡の前で布を交差させ、くぐらせ、引き上げる。結び目が襟のあいだに収まったら、襟を下ろす。
いつもの手順にも、ふと疑問が浮かびます。なぜ、首元の布を結ぶようになったのでしょうか。
結び下げ型のネクタイにつながる装いについて、首元の布をほどけにくいよう小さく結ぶ習慣から発展したという説があります。
首に布を巻く装いの起源、結び下げる形への変化、そして現代における意味。この三つを分けて考えると、いつもの結び目が少し違って見えてきます。

現在のネクタイにつながる起源の説として紹介されるのが、17世紀のクロアチア兵の首巻きです。ルイ14世の警護にあたったクロアチア人の軽騎兵が、ネッカチーフに似た布を首に巻いていたとされています。
クロアチア兵のスカーフと「クラヴァット」の呼称を、現在のネクタイにつながる有力な起源説として紹介をよくされています。
*一つの説として語られるもので、唯一の起源とは断定できません。
首元の装いは、時代とともに姿を変えていきます。18世紀にはさまざまな巻き方が流行し、19世紀前半には糊で固めた高いクラヴァットや、ストックと呼ばれる首バンドが現れました。19世紀中ごろからは首元の緊張がゆるみ、装飾的なタイへと変わっていったという話もあります。

首元の布をほどけないよう小さく結ぶ装いを、現在の結び下げ型につながる原型とされています。
ここで登場するのが、フォア・イン・ハンドという名称です。その由来には、四頭立て馬車の御者にちなむという説があります。手綱を操る邪魔にならないよう、タイを小さく結んだとする説や同じ名を持つ社交クラブに由来するという別の説も有名な話です。
結び下げる装いへの変化と、その名称の由来は、分けて捉える必要があります。
歴史とは別に、ネクタイを結ぶ行為そのものに意味を見いだした書き手たちがいます。
落合正勝氏は『男の服装術』で、首を締めることを、公共の場へ出るにあたって身じまいを正すよう自らに促すものとして捉えています(P.240–241)。
滝沢滋氏は『大人の男の服装術』で、スーツにネクタイを結ぶことの本質を、相手や周囲への礼節、すなわち敬意と配慮に置いています(P.15)。
出石尚三氏は『スーツの百科事典』で、本来は下着であるシャツの胸元をネクタイが覆う、という見方を示しています(P.171–172)。
これらは、結ぶ装いに対する著者それぞれの解釈です。ネクタイが生まれた理由を証明するものではなく、ネクタイの有無だけで相手への敬意を測るものでもありません。

起源をめぐる説と、装いに込める意味。その違いを知ったうえで、いつもの結び目に戻ってみる。
襟のあいだに収め、少し引き上げ、鏡から一歩離れる。自分の手で形を整える、そのわずかな時間。
ネクタイを結ぶ朝には、今日の自分を整えるひとときがあります。
名古屋・那古野、四間道のオーダースーツ店DEFFERT。装いの背景を知ることも、自分に似合う一着を考える楽しみのひとつです。